ロバ、荘内半島へ


懐かしの仁老浜


今から8年前、西日本を旅して回っていた。青春18切符を2枚(乗車10回分)買って鈍行列車の旅。
行く所々で親切にしてもらった思い出がある。その中でも香川県の仁老浜で出会ったおじさんとは今でも手紙のやり取りを続けていた。内容は簡単で、海の様子、孫の成長、畑のこと、天候などの身近な近況が綴られている。時と共に少しづつ変わっていく手紙はいつまでも、あの時の心を忘れないように留めてくれているような気分になる。電話のように簡単に近況がわかるのも便利だが、手紙は心が伝わりやすく、一つ一つの言葉を大切に出来る。古きよき時代のものだ。
文通を始めて8年が経つ。毎年、「今年こそは遊びに行きます」と手紙に書いて出したのだが、行くことなく一年が終わっていった。だが、ついに今年(2011)は懐かしの仁老浜へ行くことに決めた。

久しぶりに訪れた仁老浜はあの頃と何も変わらず、海も山も浜辺も家並みも8年前のままだった。バスを降りると真っ先に海を見に行った。真っ黒に肌が焼けた子供が二人、浜辺で遊んでいて、男の子は海の中に夢中だったが、女の子は手を振ってきた。その人懐っこさがおじさんの孫だと直感でわかった。手紙に書いてあった「悪さばかりする孫」なのかと頭の中で思い出しながら手を振り返した。
歩いて行くうちに記憶がはっきりとしてきた。まるで浦島太郎のように8年前の若い自分でいるような気分になる。おじさんの家も庭の様子もあの頃と変わっていない。ただ一つ変わっていたのはあの時は生まれたばかりでいた子供はもう8歳になっていて、当たり前なのだが当たり前のように驚いた。そしてやはり海で出会った子供達がおじさんの孫であった。都会の景色が変わっていくのも早いが、子供の成長ほど早いものはないのかもしれない。
おじさんの家には2日間泊まらせてもらった。おじさんの家族にもまたお世話になり、色々と連れて行ってもらった。瀬戸内海を見渡せる紫雲出山や夕日のスポットなど、歩きだと無理そうなところへ連れて行ってくれた。日中は麦わら帽子をかぶり、家に戻れば手作りの冷たいお茶を飲んで、おにぎりやうどんを食った。おにぎりが格別に美味い。

早朝、息子さんが近くの島々を渡るローカル船に連れて行ってくれた。船から見た瀬戸内海は湖のようにとても静かだった。淡い青空が水面に映りこみヌメッとした輝きを放っている。その向こうには薄っすらと島々が見える。海とは思えない海が広がっていた。
前に行った灯台も見に行った。少し険しかった山道は整備され、トレッキングなどには丁度良く思えるコースになっているが、1人だと心細く感じる。灯台へは約2キロあり、暗い木のトンネルが数箇所続いている。カラスや蜂、そしてヘビが出てくる場所で、ガサゴソと林の中から音が聞こえると鳥肌が立った。自然の中では冷静でなくてはならないと思いながらも走ったり止まったり耳を研ぎ澄ませたりとビクビクしながら進んでいった。都会になれていた僕は久しぶりに五感を使った気がする。
灯台から無事に家に戻るとおじさんの親戚が集っていた。この日は法事だったみたいだ。帰り際、皆で8年前と同じ場所で写真を撮り、今回は僕もフレームに入ることにした。

最後は嵐の前の夕日だった。明日には台風が上陸する。最初の予定では3日間泊まる予定だったがこの台風の影響で2日間にした。嵐の前の静けさと言うのか今まで以上に静かだった。丁度大潮の時期で腰まで海につかりながら写真を撮った。空には所々にくっきりとした雲が広がり、全体が夕焼けに染まっていく。空、雲、海、山、岩、船、町並みと淡い光で包まれていくようだった。見上げると雲がドラゴンのように見える。これが自然か~と改めて実感しながら写真を撮っていった。フィルムが無くなり最後は防波堤で暗くなるまで座っていた。「今度はいつ来ようか」と思い、未来の自分を想像する。結婚して、子供ができて?5年後?、10年後だろうか?おじさんの孫は18歳?もう大人だ。またいつか来たとき同じ景色が待っててほしいと願った。

備考
荘内半島は香川県の西側にあり、夕日が綺麗に見えることでも有名だが、浦島太郎伝説由来の土地にもなる。荘内半島を回ると、所々に竜宮城のような建物がある。バス停や郵便局なども竜宮城のイメージになっている。伝説の「玉手箱」や太郎が生まれたとされる「生里」という地名、そして浦島神社とか色々と残されている。
「仁老浜」は太郎の母が生まれた地とされ、太郎がおじいさんになってから暮らした場所と言われている。
浦島伝説と美しい景色。こりゃ行ってみるしかない!











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